Flavour and Discovery

move-i.comの片隅、bar14nの裏側としての覚え書き。
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Mar 31

Feb 22

好きで始めた仕事をやめてしまう君を思うと悲しい

あるカフェのスタッフにこんな趣旨のことを聞いたことがある。
「働き過ぎなんじゃない?」
そのスタッフは、こう返した。
「いま、働きたい時期なんです」

彼女は、今のカフェの会社に入社する前まではたくさん遊んだので、今は仕事に打ち込みたい時期なんだそうだ。
彼女が月に何時間働いているかは知らないけれど、単純に推測しても250時間から300時間くらいは働いているだろう。
オープンからクローズまでのシフトだと、朝10時出社で帰りが24時は過ぎるだろうから、休憩を差し引いても、13時間。週5勤務で月4週としたら、260時間。それくらいは実際にいてもおかしくないし、これくらい働いている!っていう人はカフェ勤務のひとで多いんじゃないだろうか。

あるカフェのオーナーがこんなことを言っていた。
「寝てる時間以外は働いています」
オーナーは、それくらい常にカフェのことを考えて、休みがいつかなんて決めることなく働いているんだろう。

ぼくは、時給850円のバイトをしたことがある。時給850円の場合、20万円稼ぐとしても、236時間の労働が必要だ。実際には、時間外手当とかがついて、もっと短くはなる。ところで、カフェのアルバイトって時間外手当付くんだろうか。もともとシフト制なので時間外を想定していないのかもしれないけど、聞いたことがない。
チェーン店なんかだと結構時給1000円くらいのところは多いけど、小さなカフェだと800円台はまだ多いだろう。時給1000円としたって、20万稼ぐためにはたくさん働かないといけない。時給制で一人暮らしのひとだと、どうしても労働時間を多くすることで稼ごうとする。稼がないと生活できない。
ぼくが今まで出会ってきたカフェのスタッフは、その仕事が好きな人が本当に多い。そして、そのお店が好きで入った人も多い。だからこそ、長時間労働も我慢できる。本当は体がつらくなってきてるのかもしれないけど、「好き」なものだからこそ、耐えられる。
でも、そんなに好きだけれども、やめて行く人はいる。そして、体調を崩してやめて行く人もいる。はっきり原因を聞くことは、チキンのぼくにはできないけど、でも、きっと、知らないうちに色んなストレスが、心にも体にも重くかかって、やめることになってしまったんじゃないかなって思うことがある。
きっと、お客さんからこう言われる人っているんじゃないのかな?
「最近疲れてる?」
「顔がやつれてるよ」
でも、きっとそれが深刻なことになる予兆だって気がつかない。

カフェなどの飲食店で働いているひとは、ダブルワークしてる人って結構多いだろう。ぼくもしたことがある。
そうなると、労務管理って難しくなるのかな。本当は、労務管理できる側のひとにもっと気を配ってほしいところなのだけど、そういう管理できる側の人って、管理される側の人より多く働いているに違いない。だから、気を配ったとしても、そこまで深刻な事態になるってことに気づかないのかもしれない。たとえ、いくつかの例を見てきたとしても、みんなで気をつけましょう、っていうので終わってしまう気がする。この辺は業界経験がないので分からないけど。

好きって気持ちと、生活するための(カフェのための?)長時間労働が見事なまでにシンクロしてる気がする。だから、本人も気がつかないままに働く。それをぼくはどうにかしたいけど、これ以上は何も言葉が出て来なくて、もどかしくて、無力だ。

ぼくの思い込みもあるかもしれないし、タイトルはそれを示唆したもの。実際にやめても、また同じ飲食業に戻ってくる人も多い。けど、ぼくがカフェによく行きはじめた10年前と今、業界全体で抱えている(であろうとぼくが思っている)問題は改善されていないんだなって思う。

とあるニュースを聞いて、それとはまた別の問題なのかもしれないけど、思い出しちゃって言葉が溢れ出てきて思考が止まらなかったので書き留めました。


Feb 7
“常に物事は改良でき、いかなるものも完成することはないと信じています。彼らは直さずにいられないのです。” ハッカーの流儀

Feb 2

Jan 30

Fazenda Ambiental Fortaleza

  • Flavour description:
  • Flavours of berries, nuts and milk chocolate.
  • Hints of flowers on the nose.
  • Berry-like acidity with low intensity. Creamy mouthfeel.
  • Lingering sweet finish.

  • Flavour description:
  • Flavours of citrus, coffee flower and ripe cranberries.
  • Mineraly and slim mouthfeel.
  • Lively citric and slight lactic acidity.
  • Short refreshing finish.

Jan 26
“「常に『自分の作品です』と胸を張れるソースコードを」というのは、結局のところコーダー視点でしかない。ユーザーにとってコードとは目にすることがなければないほどよいものなのだ。たとえユーザーがコーダーであったとしても。 「コードが見たい」と思われたら負けだと思え。” 404 Blog Not Found:コードについて書く方がコードを書くより読まれる現実

Jan 25

Jan 3

Beaujolais Villages Nouveau 2011 Cœur de Raisin

2011年のボジョレーヌーボー。毎年盛り上がる一方で、毎年誰かは批判している、ワインのお祭りみたいなもの。11月は、ワインのイベントがあちこちであったように記憶している。

さて、その一方、ぼくはといえば体調を崩したというべきか、喉が痛くなり、それが鼻水・鼻づまりに転移し、1ヶ月くらいは体調が整っていない時期が続いた。ので、体調が万全になってから飲もうと思って買っておいた一本。飲んだのはたぶん、クリスマスのちょっと前くらい。

果実味がとか、どうこういう以前に、舌触りがすごく印象的で、すごく軽やかでシルキーだった。なんか、それだけで満足してしまう一本でした。


“映画館の闇(匿名の、人の多い、多様な闇。いわゆる私的な映写の、何という退屈、何という欲求不満)の中に、(どんなものであれ)映画の魅力はひそんでいる。逆の体験を思い起こしてみよう。テレビでも、映画が放映されているが、何の魅力もない。闇が消去されているからだ。匿名性が抑圧されているからだ。空間は、家族的で、(家具や既知の物体によって)分節され、整頓されている。場所のエロティスム——むしろ、その軽さ、未完成な点を理解してもらうために、エロティザシオン[官能化]といった方がいいが——は排除されている。テレビによって、われわれは「家庭」を課せられているのだ。テレビは一家団欒の道具となった。かつて、共用の鍋が置かれた暖炉がそうであったように。
*
この不透明の立方体の中に、光がある。映画、スクリーン? もちろん、そうだ。しかし、また(しかし、とりわけ?)、眼にみえていて、しかも、気づかれないのだが、レーザー光線のように、闇を貫いて踊っているあの円錐体がある。この光線は、微粒子の回転に従って、細分化され、変転きわまりない形となる。われわれは輝く振動の細片の方に顔を向ける。その細片の有無をいわせぬ噴出はわれわれの頭蓋をかすめ、背後から、斜めに、頭髪や顔に触れてゆく。昔の催眠術の実験のように、われわれは、動かず、しかも、踊っている、この光輝く場所を、真正面から見据えることはないが、まさにこの場所によって魅惑されるのである。”
ロラン・バルト『第三の意味』(みすず書房)

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